スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ピアノ

母親は娘に
「ほら、早くピアノの練習しなさい。」
「・・・いまする。」
それを聞いて・・
「いまするっていつになったらやるの!早くしなさい!」
「ちょっと待って・・」
「今すぐしなさい!こっちもコンクールに出れない子どもを送り迎えするほど暇じゃないんだからね!」
「・・・」
「わかった。じゃあもう、やめよっか。練習しないならピアノ捨てようね。」
「練習・・・するから・・・」
「じゃあ早く椅子に座りなさい!ほら!」
「・・・」
「もうパパに電話します。」
「ちょっと、待って。」
娘に背を向けて母
「もしもし?パパ?あの・・・」
「するって!する!」
よく見ると携帯画面、待受のまま。でも娘は気付かず。
パパが怖いのか、娘は必死で携帯を取ろうとする!
「やめてよ!」
母、怒鳴る。怒鳴って・・・殴る。
合計三発くらい。頭を。ごんって音がするくらい強く。
娘「・・・。」
母、電話を切る(振り

・・・。

・こういうのフィクションだと思ってました。

・ドラマとか、多分もう今更だし、逆にベタかな、ってくらい。

・現実の痛みというものは思いのほか大きい。

・理想と現実の差に、現代人は翻弄されてるよね、間違いなく。

こういう話って記事にしようか迷うけどショックがでかかったので記事にしました。

(続き)
良い人ぶってるわけじゃなく、本当に。そんときは本当に。
その子を救いたいって思った。
救いたいって言うとあれか、助けたい、その状況から離してやりたい、とか。
でも、勇気がないし、おそらくどうにもできないから
じろじろ見るくらいしかできなくて、
ちらちら視線を送るくらいしかできなくて、
でも、本気で救いたいと思った、本当に。
勝手な生き物です。
目の前の人がどれだけ痛かろうが知らんこっちゃないし、自分は微塵も痛くないというのは事実。
それでもそれでもそれでも
救いたいって思った。なんとか助けられないかと思いを巡らせた。
結果、良い方法は見つからず、勇気もなく、何もできなかったけれど。

気持ちなんて嘘くさくて、「気持ちはあった」なんて言われても被害者からしたら
「じゃあなんで助けてくれなかったのよ?」って言われるのがオチ。
「助けたかったんだけどさ、見殺しにしちゃった」
「ありがとう、気持ちだけで十分だよ」なんて誰か言うでしょうか?
結果と気持ちどっちが大事かって話で、気持ちが大事っていう人、たまにいるけど
僕はたぶん結果の方が微妙に大事だと思います。
気持ちの方が大事ってことはたぶんなかなかないです。
たまーにそういうケースもある、くらいです。

“それでも”という表現が僕は好きです。
にんげんらしさが表れていると思うからです。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

気持ちも大事だとは思うんだけど、気持ちは目に見えなくて結果だけが目に映っちゃうから、結果の方が大事になってくるのかな。
まぁ確かに、気持ちだけじゃ何もできない。
でも、結果を生み出すには気持ちが必要だ。

"それでも"って表現は、堅苦しい論理とか建前とか、そういうごちゃごちゃしたもの全部を気持ちで吹っ飛ばしてしまうから、憧れるな。

コメントありがとう。

「好きなんです」っていってひたすら追い回したらそれはストーカーであって、あの、要は目的があるかないかなのです。
「好き」を伝えたいという気持ちから“どのような行動が生まれるか”が大事なのです。

と俺は思っている。なんか高校の倫理みたい。
プロフィール

イソナカ

Author:イソナカ
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。